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最高裁判所第三小法廷 昭和29年(オ)722号 判決 1955年12月06日

広島県尾道市長江町

上告人

山本譲

右訴訟代理人弁護士

森井孫市

広島県尾道市西御所

被上告人

明邦商事株式会社

右代表者清算人

佐藤明

右当事者間の売掛代金等請求事件について、広島高等裁判所が昭和二九年五月二八日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人森井孫市の上告理由第一点について。

所論は、原判決が伝聞証言を採用して上告人の主張を排斥したのは証拠法則に違背し重要な事実を誤認した違法があると主張する。しかし民事訴訟において、伝聞証言の証拠能力は必しも当然に制限されるものではなく、裁判官の自由な心証による判断に委されていると解すべきことは、すでに当裁判所の判例とするところであり、(昭和二五年(オ)第一八一号同二七年一二月五日第二小法廷判決、集六巻一一号一一一七頁参照)。原判決に所論のような違法があるとはいえない。従つて所論は原審の証拠の採否、事実認定を非難するに帰し採用できない。

同第二点について。

所論は、原判決の審理不尽事実誤認を主張し、かつ大審院判例に違反すると主張する。しかし所論は判例を具体的に摘示していないから、判例違反の主張と認められないのみならず、原審の判示する証拠と説明とを照合すれば、その認定は相当であつて、所論のような違法は認められない。

同第三点について。

所論は、原判決は被上告人の法律上の責任の有無について判断を遺脱し審理不尽理由不備の違法があると主張する。しかし原判決は、所論の点について直接判示するところはないが、全文を通読すれば、被上告会社の営業使用人岡田正次が本件売買の斡旋につき代理権を有しており、同会社は上告人から本件中古レールの引渡を受けたが、売買の斡旋が不成功に終つたことを認定した趣旨であること明らかである。そしてまた原審は右中古レールを「その後被上告会社を退職した右岡田が個人として他に転売してしまつた」事実を認定しているところ、所論が「法律上の責任」云々と主張するのは、被上告会社が右中古レールを上告人に返還すべき義務ないしその不履行に基く損害賠償義務について、原審が判示していないことを非難する趣旨と解せられるが、上告人は本件において当初から売買契約の存在を前提として売掛代金を請求することに終始し、なんら所論のような請求を主張した形跡が認められない。してみれば原審が所論の点について判示しなかつたからといつて違法のかどはなく、所論はひつきよう単なる事実誤認又は原審で主張しなかつた事項に基き新たな主張をするにすぎないから採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林俊三 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 本村善太郎 裁判官 垂水克己)

昭和二九年(オ)第七二二号

上告人 山本譲

被上告人 明邦商事株式会社

上告代理人弁護士森井孫市の上告理由

第一点

原審は甲第一号証ノ一ノ二、甲第二号証、甲三号ノ一ノ二、甲第四号ノ一ノ二、甲第五号乃至甲第七号の各書証及び

証人妹尾正五、山本保、岡田信雄、矢野晃市の各証言、控訴人本人佐藤明の供述によつて

控訴人の営業使用人である岡田正次を通して被控訴人と控訴人と種々交渉した結果上告人と被上告人との間に上告人所有の中古レール四十五本五十瓩を代金二十七万六千円也にて訴外日立造船因島工場において買受けることが確定した場合は被上告人の名義にてこれを同工場に売渡すこと、そして被上告人が同工場から代金の支払を受けたときに之れを上告人に引渡し同時に周旋手数料の支払を受けることの契約が成立したものであるがそのレールは不良品であつたため右日立工場に売渡すことが出来ず売買周旋は不成功に終つた事実及び右レールは其後被上告人会社を退職した右岡田正次が個人として他に転売してしまつたもので上告人と被上告人との間に本件中古レールにつき売買契約の成立したことを肯認することは出来ぬと判示して上告人の本訴請求を排斥したのである。

その原判決の理由項下の冒頭に於ては上告人が本訴請求原因として主張して居る本件古レールの売買契約成立した事実は其契約締結の衝に当つた証人岡本虎一の証言及び上告人本人山本譲の供述によつて認め得られる旨の説示を為し居るのであるが其後段に於ては右証拠は前掲判示の甲第一号証乃至甲第七号証及び乙第一号並に証人妹尾正五、外三名の証人、被上告人本人の供述によつて之れと異る被上告人主張の売買の契約でなくその斡旋する約束をしたのであると判示し認定したのである。仍て原審採用の前示各証拠を左に検討するに此点に付ての

(イ) 証人妹尾正五の証言中には

一、私は被上告人明邦商事に勤めて居た

二、本件問題の古レールの売買には私は関係した事はなく佐藤明(被上告人本人)から聞いて知るに至つた。夫れによると岡田正次は控訴人会社の社員であつて右取引は同人が控訴人会社として為したものであります

只取引の斡旋をしたものであると言ふ風に聞いて居る

と証言して居るのである。

故に右妹尾の証言の内容は岡田正次が佐藤明に伝へ佐藤が更らに証人妹尾へに伝へた、転々伝へ聞された伝聞事実の供述であることが証明されて居り証拠力の極めて薄いものである。

(ロ) 証人山本保の証言中には

一、証人は日立造船所因島工場に勤めて居ります

一、日立の工場では被上告人明邦商事株式会社と三、四回売買取引をした事があります

一、本件の古レールの売買の交渉を日立では明邦商事としたがその交渉は明邦商事の岡田と言ふ人としたのであるが品が悪るかつたから買はなかつたが私の方では売主は(被上告人)明邦商事であると思ふて居ります。私の会社ではブローカー相手にして売買の談は致しません

との趣旨の証言して居る。

此の証言は夫れ自体でも明らかな様に証人が自ら経験した事実に付き証言したものであり且つ上告人主張の本件の売買契約の存在を証明し得るものである。故に被上告人の主張する斡旋約束の成立の証拠とはならぬものである。

(ハ) 証人矢野晃市の証言中に

一、私は日立因島工場に勤めて居ります

二、日立工場では(被上告人)とレール売買の交渉した事がある。交渉の上現場に品物を見に行き良品なれば明邦商事から買ふと言ふ事になり証人は工場の命令で検品に行つた事がある

一、そのレールは因島工場に明邦商事が持つて来たので更らに検品したが悪かつたので取引が出来ず其旨明邦商事に通知し其後品物は明邦商事に引渡したのであります

一、証人は其品は明邦商事の岡田の案内で一緒に見に行つたので取引は明邦商事とやつて居たのであります

との趣旨の証言をして居る。

此の証人の証言も証人が自ら体験した事実に付ての証言であり且つ上告人の主張事実の存在を証明する証拠であり被上告人の主張する事実の証拠とはならぬものである。

(ニ) 証人岡田信雄の証言中には

一、私は山本譲さんは知りませんが明邦商事の社員岡田正次は知つて居ります

二、証人は明邦商事の岡田と言ふ社員から古レールを買つた事がある。之れは岡田が売主と思います

三、その売買の交渉は明邦商事の岡田と言ふ積りでその談をしたのであります

四、証人は明邦商事に電話を掛けてその事を談した。之れは会社の岡田と思ふて掛けました。会社では彼れは岡田がやつて居るので分らんから岡田に聞いて呉れと言ふので岡田の家に行き領証を受取りました

との趣旨の証言をした。

故に本件レールを買受けた当時に於ては被上告人会社の所有であるとして岡田信雄が買受けたものあるから被上告人が日立との間売約が出来ぬ後も同人の所有として転売したものであること証明され上告人から被上告人が買受けて居た事が立証されて居るのである。

(ホ) 被上告人本人佐藤明の第二審の供述中に

<1> (此の符合は訊問調書の符号である。以下同じ)明邦商事と言ふ会社は現在清算中の控訴人会社と新らたに設立した会社の二つの会社があります

<2> 控訴人会社は昭和二十八年十二月二十一日解散したのである。事業目的は機械金属の販売仲介をして居るからレール等も取扱つて居ります

<26> 私は新しい会社の取締役をして居り又清算中の控訴人会社の清算人もして居ります。此の新しい会社は控訴人会社の営業場所をそのまま使用して居るので同一の会社とまよふかも知れません

<27> 控訴人会社が解散した事は上告人には通知して居りません

<4> 控訴人会社には岡田正次が居り機械金属の販売仲介の外交員をして居りました

<6> 控訴人会社が日立造船因島工場へレールを売る事に付ては問題が起つた事がある。尤も私は自身直接当つて居りません。之れは岡田から報告を受けて知つて居る訳けであります

<7> 私はレールの所有者が誰れであるか聞いて居りません。岡田は控訴人会社へ在籍して居たから日立としては控訴人会社の岡田に依頼したものと思います

<10> 品物が合格して売買が成立すれば買主は日立で売主は控訴人会社と言ふ事にしてその売買をしてやる訳けです

<12> 結局そのレールは不合格となり控訴人会社の岡田は因島の岡田商店へ売つたと言ふ事を知りました。当時岡田は控訴人会社を休んで居りましたので其頃売つたものと思はれます

<22> 其の売るのに付いては岡田は山本と連絡して売つたのだと思ふが之れは私の推測であります

との趣旨の供述をして居る。

此の供述からすれば本件のレールの売買か果た斡旋かの事実に付ては全部岡田正次から伝聞した事実をそのまゝ述べたものであり又岡田正次が山本と連絡して売つたとの事は全く本人の推測し架空の事実を述べた事を明言して居るから本件の争点である被上告人と上告人との間の売買契約その他の取引に付ては伝聞事実の証言であり又架空事実を真実ありげに述べて居る事が明である。そして佐藤明は同じ場所に同じ事業目的の同じ商号明邦商事株式会社を二つ作つて債務免脱を計画して居る疑を生じせしめる供述をして居りその供述の措信出来ない事が証明されて居るのである。

右の如く原判決が採用した人証の証言中

一、被上告人の主張する斡旋約束の成立を証明する証拠としては証人妹尾正五の証言と被上告人本人の佐藤明の供述、何れも伝聞事実の自己に都合のよい事実を述べた証拠しかないのに反して、

二、上告人主張の売買契約の成立の証拠としては自ら体験した事実に基く証人山本保、矢野晃市、岡田信雄の各証言と第一審に於て為した岡本虎一、山本譲の各証言が存在すものである。

今之れを民事訴訟に於ける証拠方則や吾人の経験則乃至条理の上からして之等の証拠力に付き見るに伝聞事実の証言より自己体験に基く証言が措信すべきである。そして両者が相牴触する内容を有するときは伝聞事実の証言が排除せらるべきであることは証拠方則上の定理である。次ぎ原判決の採用した

三、書証の甲第一号証乃至甲第七号証、乙第一号証は何れも被上告人がその営業上の使用人岡田正次をして上告人と本件の取引に付ての交渉をせしめた点に関するものでその争点である売買か斡旋契約かの事実を証明する内容を有する証拠は存しないのである。

故に本件の双方提出の各証拠より観察せば被上告人主張の斡旋約束の成立せることを証明する証拠はない。たとへあつとしても夫は伝聞事実の証言あるのみである。之れに反し上告人の主張する売買契約の存在を立証する証拠は叙上の通り山積して居るものである。然るに原判決は証拠判断を誤り証拠のないのに之れあるものの如く誤認して依て争いある判決に影響する重要なる事実を誤認して上告人の請求を排斥した原判決は証拠判断を誤りたる証拠法則に違背し重要な事実を誤認した違法ある判決で破毀を免かれざるものと思料する。

第二点

原判決は上告人の主張する本訴の請求原因である

被上告人は自分の営業使用人にして且つ外交員である岡田正次をその代理人として上告人に対し交渉せしめて上告人との間に本件の古レールの売買契約を締結し之れに基く上告人が被上告人に交付引渡したるレールを右岡田正次をして他に売却してその代金に付き支払はないから上告人より被上告人に支払を請求した事実は被上告人の主張する売買の斡旋約束をしたものであることが認められるから之れを認められない、其のレールは岡田個人が他に転売したもので被上告人には関係はないと判示して之れを排斥したのであるが、

本件記録によつて明らかな如く第一審以来の口頭弁論の全趣旨及び証拠関係を検討すれば

一、被上告人代理人として上告人と直接交渉の衝に当つた岡田正次は右原判決が否定した原告の主張の本件請求原因たる事実を自認してその間には此の事実は判決よつて確定された事実となつて居ること。

二、被上告人は第一審に於ては岡田正次個人が上告人より本件レールを買受けたもので被上告人には関係なしとして否認し次いでその旨を繰返して控訴したが其後之れを改めて被控訴人も干係したが夫れは自分で買受けたものでない。上告人が他へ売却する斡旋を約した、しかしその斡旋が成功して売買が成立すればそのときは自分が売主となつてその他人との間に売買契約を締結すると約束をしたのである旨主張して来たのである。

三、岡田正次が被上告人の代理人として他人を混へずして上告人との間に本件レールの売買をする約束を為してレールを上告人より受取つて之れを日立因島工場に持参して工場との間に被上告人の代理人として売渡す交渉を為しその成功せざりしため岡田は之れを上告人に返還せずして他に売却したことは本件当事者間に争いなき事実であること。

右は何れも本件の記録上口頭弁論の全趣旨及証拠によつて訴訟上明かにされて居ること及び

五、本件の如き会社の営業上の使用人が会社の事業目的に添ふ事項に付きその代理人として会社の名に於て為した取引行為に付き一般その相手方は会社自体を信用して取引するのが社会通念である。故に此の一般取引の安全を維持するため斯る事情ある取引に付き会社が責任に任すべきであると為すことは従来大審院の判示する事例であること。

等の諸点に原審が思ひを致さないで叙上の本訴に於て明瞭な事実を無視して大審院の従来の判例に反して上告人の請求を排斥した原判決は審理を尽さないで争あるの判決に影響する重要なる事実を誤認し従来の大審院の判例の趣旨に違背した違法ある判決であると信ずる。

第三点

上告人は本件請求原因として第一審以来被上告人の営業使用人であり且つその外交員である岡田正次は被上告人の代理人として上告人対し買受け申込みを為したので上告人は同人を被上告人の代理人として本件のレールの売買契約を締結し且つその契約に基きレールを同人に引渡したのである。そして其後岡田がそのレールを他に売却し代金受領しても上告人にその支払をしないから被上告人に対し買主の責任として支払へと請求して居るのである。

而して原判決に於ては此の点に関し上告人は岡田正次を通して被上告人との間に交渉して契約を為したものであると説示し又レール引渡しを為した事実の有無に付ては何等の説明をしないまゝ其後岡田正次は個人として他に転売してしまつた事実認定して置きその結語に於て上告人と被上告人との間に売買契約を肯認することが出来ないので爾余の点は判断するまでもなくと説明して上告人の本件請求を排斥したのであるが、

此の判示によるときは原審は被上告人が岡田正次を代理人として上告人との間に約束を為し之れに基いてレールを被上告人に引渡された事実は何れも本訴に於ける事実の判断に際して考慮した跡は見えぬのであるが此の事実の存否は本訴の請求の可否を決定する上に於て、即ち被上告人に支払責任ありや否を定むる上に極めて重要なる事実であるのに原判決中には此点を判示した事が窺えない。又

被上告人の営業使用人でありその代理人である岡田正次が本件のレールを他人に売却した事に付ての被上告人の上告人に対する責任に付ては原判決は理由の中間に於て被上告人が日立造船因島工場と売買契約を締結するに至るときは被上告人が其売主となる約束であつた事を判示して居るのであるから被上告人の主張の如き他人間の売買の仲介を為す程度の約束で斯る権能はないから此の場合は上告人の主張と殆ど変ることなき約旨であつた事が推知し得るものである。然るに原判決は其後段に於ては之れに著しく反した事実、即ち岡田正次が個人として他に売却したものであるから被上告人が上告人から売買契約を締結した事は肯認出来ないと言ふ理由を判示して居るのである。此様な原判決の所論は非常な飛躍のあるもので条理の立たぬものである。

何んとなれば岡田が他人に独断で売却したからと言つて被上告人の上告人との約束に基いて引渡しを受けたレールに関する責任を抹消する法律上の理由にはならず又売買の斡旋の約束をしたからとて夫れが売買契約を成立する事を妨げる理由にもならないのである。被上告人が上告人との約束に基き引渡を受けた事実があれば自己の営業使用人たる岡田正次の為した斯様な行為に付き法律上の責任を負担すべきと解すべきである。原審が此の様な考へ方の上に構成した原判決は本訴に於て重要にして且つ判決の結果に影響する上告人の主張事実中被上告人の営業使用人岡田正次に対する代理権に干する事実の存否及び夫れにより生じた被上告人の法律上の責任の有無に付ての判断遺脱しそのため此点に関する審理を不尽して上告人の主張を誤認し且つ理由不備の違法ある判決である。

以上の各理由によつて原判決は破毀せらるべきものと思料する。

以上

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